 |
 |
世田谷文学館次回企画展
「上を向いて歩こう」と日本人(仮称)
|

♪上を向いて歩こう 涙がこぼれないように――韓流、テクノポップ、ヴィジュアル系に多くのアイドルグループ……流行の音楽が目まぐるしく変わり様々なタイプの曲が巷に溢れている現代で、それでもなお小学生からお年寄りまで耳馴染みの曲、坂本九の「上を向いて歩こう」。この曲にフォーカスを当てた展示会が、世田谷文学館にて企画されている。
私が以前に歌声喫茶の受付を務めた折にマイクがまわってきたことがあり、その時に私が選曲したのもこの曲だった。
何の心の用意もなく突然のことで、随分年の離れた参加者を前に私は何を歌えば良いのやら困惑した。自分が知っている歌は参加者は耳馴染みがないだろう、演奏者もきっと演奏できない。聞いたことがあってなんとなく知っている歌も、自分ひとりで歌えるほどメロディーを知っているわけではない……。が、その日用意されていた歌集のなかで唯一私が自信を持って間違えず、声に出して歌えると思ったのがこの曲 「上を向いて歩こう」だった。世代と世代を超えて結ぶ曲、そうした点もこの曲が持っている魅力なのだろう。
「上を向いて歩こう」という曲が初めてお披露目されたのは1961年にさかのぼる。リリースされた途端大ヒットするも、独特な歌い方が当時の歌謡会ではなかなか受け入れられなかったが、翌年ヨーロッパで紹介されてからは世界中に広まることに。イギリスで「SUKIYAKI」というタイトルがつけられて発売されたということを知る人も多いだろう。
以前何気なくテレビ番組を見ていたとき難病におかされたインドネシアの男性がひとりこの歌をくちずさんでいる様子をみて、この曲が国を超え時代を超え口ずさまれ続けていて単なる流行歌ではおわっていないと、改めて実感したものだ。
日本国内外でヒットを記録し、現在の小学生とお年寄りが口ずさむことができる曲。皆の印象に残っているのはなぜなのだろうか。
ひとつに小学校の音楽の教科書にも掲載されることになったことがある。合唱曲であれポピュラー音楽であれ、小学校や中学校で歌った歌というのはいつまでも忘れない。ふとした瞬間にメロディーラインが流れてきたり、歌詞がパッと浮かんできて「ああこれは何の歌だったか……」となることも多い。
しかし私が思うに、これは歌詞のよさ、そしてその内容とは対照的に明るいメロディーが起因しているように思う。……悲しみを抱え涙を浮かべてしまいながらも、それをこぼすまいと夜空を見上げる。見上げた夜空には月が、星が、静かに流れていく雲が、浮かんでいる。涙で滲んだ夜空を見上げながらも、それでも前へ前へ歩いていく様子が飾らない言葉で紡がれていく。大人になる過程で、あるいは社会に出てから、誰もが一度はこんな経験をしたことがあるのではあるまいか。シンプルなことばで描かれていく光景がかえってリアルに情景を浮かび上がらせ、人々の心のなかにしまわれている記憶をそっと撫ぜていく。そんな歌詞をのせたメロディーや坂本九の歌い方は明るく軽やかで聞いていて気持ちが良い。変に哀切な調子で媚びることなく、ステップでも踏み出してしまいそうな軽快さで終始歌われる。この歌詞の「前へ前へ歩いていこう」という気持ちがそこによくマッチして、この曲の魅力となっているのではないだろうか。
そんな曲をテーマに据えた世田谷文学館次回企画展、「上を向いて歩こう」と日本人(仮称)の、開催予定は4月20日〜6月30日。
「上を向いて歩こう」曲、坂本九ファンはもとより今回ふと懐かしく感じた方、あたたかくなった春のお出かけ先として出向いてみてはいかがだろうか。
(たぶせゆうこ) |
|
|