竹中直人の会第9回公演 『月光のつつしみ』

 初演時、『月光のつつしみ』作者・岩松了の執筆前の覚え書き

 これは幼い頃、地方の城下町で育ち 「よく出来た姉弟 と言われた二人が、それぞれ大人になって都会で暮らすようになり、「別によく出来た姉弟でもなんでもない」二人になってしまった状況を描く作品です。

 姉弟は、40才という年齢を迎えていた。姉は、別に結婚を望むわけでもない男と長い間 「愛人関係」 をつづけており、それがいわば子供の頃 「よく出来た」 と言われたことへの復讐でもあり、己の真実への忠実な行き方でもあった。
 つまり 「よく出来た、ということはどういうことか」 ということへの彼女なりの哲学が、大人になるにしたがって芽生えていたというわけである。

 弟は、年若い女と結婚しており、今いつも自分のそぱにいるのは長い間自分の身近にいた姉とは違う女だった。
 彼は、或る女子校の先生をしており、若い妻とは、そこの教え子だったのだ。彼はその妻について、自らの日記に 「その虚無にひかれた」 としたためたことがある。

 しかし姉は弟にこう言うのだった。
 「あんた、いつから少女趣味になったの?」
 弟は、幼い頃ふたりでお城への坂道を登った思い出を語り、子供の頃から変わらぬ自分を姉にわからせようとするが、姉はその思い出の中の弟の嘘を憎しみを込めて指摘する。あのお城の上に月は出ていたのか?

          舞台は、雪の降る日の夕方。
           訪ねてくる姉を待つ弟夫婦。
            やって来る姉。
             その一夜の物語。


 やるせない姉と弟の愛の物語。互いが互いに抱いている 「こういう姉に成長するはずだった」 「こういう弟であるはずだった」 という思い。
 それゆえに歪んでしまったそれぞれのアイデンティティ。
 <愛>は<憎しみ>に姿を変え、<憎しみ>は<愛>に回帰ることなく凍りついてゆく……そんな冬の一夜の物語。

 夜空に浮かんでししるこの上もなく美しい月に気づくことなく過ごすその姉と弟……。


※注:これは、『月光のつししみ』が書かれる前の覚え書きで、実際の作品中では、姉は中学か高校の教師で、愛人を続けている様子はない。
弟は区民センターの図書館に勤める公務員であるらしい。


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